大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(う)261号 判決 1974年5月30日

被告人 畑治義

主文

原判決中無罪部分を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

被告人において、右罰金を完納できないときは、一日を金千円に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、福井地方検察庁検察官検事細谷明作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、「原判決は被告人は○○市内の○○病院に入院中知り合つた看護婦見習いのC子(昭和三一年九月三〇日生)が一八歳未満の者であることを知りながら、同女を昭和四七年一二月二四日午後八時ころ、○○市○○×丁目××の××番地ホテル○○へ連れ込み同所で同女と性交為をなし、もつて満一八歳にみたない青少年に対しみだらな性交為をなしたものである。」との福井県青少年愛護条例一二条一項、二三条一項違反の公訴事実に対し、右規定は青少年の健全な育成および保護を目的とするものであるとはいえ、親告罪としていることからみて、個人の性的自由ないし貞操をもその保護の対象としているものと認められるところ、刑法の強姦罪乃至強制わいせつ罪の規定との関係から考えると、刑法上犯罪とされない行為を禁止し、その違反に対し刑罰を科することに帰着する。そうだとすると、このような罰則を定めることは、専ら国法により規制すべき領域のものであつて、地方公共団体が各個別に規定すべきものとは解せられず、従つて右規定中一三歳以上一八歳未満の者との性行為自体を禁止する部分は前記刑法の規定の趣旨に反し、地方自治法一四条一項に違反し無効であるから、本件公訴事実は罪とならず無罪であるとした。しかし乍ら、前記の規定が右刑法の諸規定と全く趣旨目的を異にするものであることは、同条例一条によつても明らかで、これを親告罪としたことにより保護法益に消長をきたすものではなく、かかる規制は地方公共団体の行政事務に属する事項に関するものであり、条例によりこれをなしうるものであることは当然であつて、既に右福井県青少年愛護条例と同趣旨の埼玉県、新潟県、兵庫県、和歌山県等の青少年保護育成条例等の規定につきこれを適法有効とする裁判例も多く、いずれにしても前記各規定が刑法に反しないことはもとより地方自治法一四条一項に違反するものではないにも拘らず、同条に違反し無効であるとした原判決は法令の解釈適用を誤つたものである。」というにある。

所論に鑑み記録を精査して勘案するに、記録によれば証拠上本件公訴事実は優にこれを肯認しうるものであるところ、原審が所論指摘の理由により右事実は罪とならないものであるとして無罪の言渡をしたことが明らかである。

しかるところ福井県青少年愛護条例を通覧し、ことに同条例一条、四条によるならば同条例一二条一項(罰則二三条一項)の立法趣旨は、一般に青少年はその心身の未成熟或いは精神と肉体の発達段階の不均衡から、成人に比し精神的に未だ十分に安定しておらず、反倫理的、反道徳的な行為や体験による衝撃ないしは被影響性が大きく、かつ容易にこれらから回復し難いものであることを考慮し、かかる青少年の特質に鑑みその健全な育成を図るとともにこれを阻害するおそれのある行為を禁じ、もつてその福祉の向上を図らんがため、青少年を対象としてなされるもののうち、とくに社会通念に照らして、倫理的な非難をうけるべき性行為等を、青少年に対してなすことを禁ずることとしたものであることは、極めて明白であると認められるのであつて、原判決説示にかかる刑法の諸規定とはその趣旨目的を異にするものであり(勿論これにより結果的にみて個人の性的自由ないし貞操を保護することとなる場合のあることは事柄の性質上予想しうることであるがこれは右条例の規制による反射的効果の一つであるとみるべきである)。従つて右条例の規定が刑法の法意に反するものであるとは、到底、認め難く、もとより法令に特別の定めがある場合に該らないので、地方公共団体のいわゆる行政事務に属する事項として、条例によりかかる規制をなしうるものであることは多言を要しないところであると考えられる。

原判決は、本件条例がこれを親告罪としているところから右刑法の諸規定と趣旨、目的を同じくしているところがあるとしているが、これを親告罪とするか否かは、右規定のもたらす現実的影響、地域的特性等をも考慮した立法政策上の問題(ちなみに総理府青少年対策本部刊行の昭和四八年九月都道府県青少年保護育成条例集によつても、同種事犯の処罰につき告訴を要件としているものは福井県を含め四県の小数にとどまつている)というべく、従つてこれをもつて右規定の保護法益が右刑法の諸規定と同一のものを含んでおるとして、専ら国法により規制すべきものであるとする原判決の見解は、その前提に誤りがあり、たやすく左袒しえないものであるというのほかはない。

以上のとおりであつて福井県青少年愛護条例一二条一項、二三条一項が地方自治法一四条一項に違反するものでないと解すべきものであるに拘らず、これに違反し無効であるとして右条例違反の公訴事実につき無罪を言渡した原判決は法令の解釈適用を誤つたものであり破棄を免れないものというべく論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決の無罪部分を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は○○市内の○○病院に入院中知合つた看護婦見習いC子(昭和三一年九月三〇日生)が一八歳未満の者であることを知りながら、同女を自己の欲望を満たすための一時的な対象として同市○○×丁目××の××番地ホテル○○へ連れ込み同所において姦淫し、もつて青少年に対しみだらな性行為をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は福井県青少年愛護条例一二条、一項、二三条一項に該当するのでその所定金額の範囲内で被告人を罰金二万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢田哲夫 裁判官 上野精 小島裕史)

参考 原審判決(福井地 昭四八(わ)二五四号・同二五七号 昭四八・一一・二〇判決)

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

本件公訴事実中、福井県青少年愛護条例違反の点は、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

一 少年であるAから紹介を受けたB子(当一八歳)を強姦しようと企て、右Aと共謀のうえ、昭和四八年三月三一日午後七時過ころ、同女をドライブに誘い出し、翌四月一日午前一時ころ、同女を車に乗せたまま、福井市○○町×丁目×××の×番地所在「ホテル○○」六号室に連れ込み、同所において右Aが同女の両手を押え込み、被告人において同女の足を押える等して、その反抗を抑圧し、同女の身体に乗りかかつて強いて姦淫した。

二 (一) 同年二月一七日から六月五日までの間、別表(一)記載(編略)のとおり前後二二回にわたり、いずれも真夜中から払暁にかけ福井県坂井郡三国町米納津二一の三所在村上茂雄方車庫ほか一八ケ所において、同人ら所有の現金合計六万八、〇〇〇円位および自動車用シートカバー三枚ほか二七点の物品(時価合計約九万五、五四〇円)を窃取した。

(二) 同年六月四日から同月九日までの間、別表(二)記載(編略)のとおり前後八回にわたり、いずれも真夜中から払暁にかけ、前同町米納津二一の二二所在西進方車庫ほか七ケ所において、同人ら所有の現金三、〇〇〇円位およびカーステレオパック三本ほか九点の物品(時価合計約二万九、三〇〇円)を窃取した。

三 同年六月二一日午前二時三〇分ころ、窃盗の目的で、前同町米納津二一の一六所在村上定美方建具工場に侵入しようとしたが、同所入口のサッシ戸を開けた際、防犯ベルが作動したため逃走し、その目的を遂げなかつた。

四 前同日午前二時五〇分ころ、前同町米納津二一の二四の一所在小林強方車庫の自動車(白色トラック)ダッシュボード内より、同人所有の現金一一万一、六〇〇円在中の鹿革二つ折財布を窃取した。

(証拠の標目)(編略)

(法令の適用)

被告人の判示一の所為は、刑法六〇条、一七七条前段に、判示二の各所為および四の各所為はいずれも同法二三五条に、判示三の所為は同法一三二条、一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、判示三の罪につき懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により最も重い判示一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち八〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中、福井県青少年愛護条例違反の事実は、「被告人は、福井市内の○○病院に入院中に知り合つた看護婦見習いのC子(当一六歳)が一八歳未満の者であることを知りながら、同女を、昭和四七年一二月二四日午後八時ころ、福井市○○○×丁目××の××番地のホテル「○○」へ連れ込み、同所において姦淫し、もつて青少年に対しみだらな性行為をした」というのである。

福井県青少年愛護条例(以下本件条例という)一二条一項は、「何人も青少年(小学校就学の始期から一八歳未満の者、ただし、民法の規定により成年者と同一の能力を有する者を除く-本件条例四条一項)に対し、みだらな性行為またはわいせつな行為をしてはならない」と規定し、右規定に違反する者に対しては三万円以下の罰金に処する(本件条例二三条一項)こととしているが、その立法趣旨および目的が、青少年の健全な育成およびこれを阻害するおそれのある行為の防止ならびに青少年の福祉の向上を図ることにあることは、本件条例一条からも明らかなところである。

ところで、刑法一七六条、一七七条および一七八条は、一三歳以上の婦女に対する姦淫ないしわいせつ行為は、暴行、脅迫または婦女子の心神喪失ないし抗拒不能に乗ずる等してした場合のみを処罰の対象としているが、これは、一定限度以上精神的・肉体的に発達した者の間の性行為は人間本来の自然の情愛に基づくものとして当事者間の自由な意思に任せられるべきものであつて、明らかに合理的な必要性のある場合に限り、またその範囲を明確にして刑法が禁止し、処罰することを定めている場合以外の性行為は教育、道徳等により規制することは別として、刑法上は処罰の対象外としていることを意味するものと解するのが相当である。

ところで、本件条例がいう「みだらな性行為」とは結婚を前提としない単なる欲望を満すためにのみ行う性行為がこれに当ると解されるから、一三歳以上の青少年に対するものに限り、本件条例の前記規定は、刑法上犯罪とされない行為を禁止し、その違反に対し刑罰を科するものであることは明白である。

たしかに、刑法の強姦罪または強制わいせつ罪は、主として個人の性的自由ないし貞操を保護法益とするのに対し、本件条例は、「青少年の健全な育成および保護」を目的とするがゆえに、その趣旨目的を異にするところがあるといえるが、その反面右本件条例は、右刑法と同じく親告罪とされているところからもわかるように、やはり、個人の性的自由ないし貞操をもその保護の対象としていることは否定しえないのであつて、このように個人の性的自由ないし貞操のごとき個人的法益をも保護法益とする規定は、広く国民個人個人に等しく直接に関係のある事項であるといえるから、地方公共団体が各個別に規制すべき性質のものではなく、専ら国法により規制すべき領域であると解するのが相当である。

以上のように解するならば本件条例の前記規定のうち一三歳以上一八歳未満の者との性行為自体を禁止する部分は前記刑法の規定の趣旨に反し、地方自治法一四条一項に違反し無効というべきである。

したがつて、被告人に対する前記本件条例違反の事実は、本件条例一二条一項の構成要件に該当しないというべきであり、右事実は、罪とならないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例